今年も様々な方々にお世話になりました、ありがとうございました。                                                                          一年の終わりが来るのがあっという間です・・・東京オリンピックなんかもすぐに来てしまうでしょうね・・・。最近はとにもかくにも情報の目まぐるしさにめまいをしながらあくせくと対応している間に、忘れ物や忘れ事を取りに行ったり探しに行ったりしている訳です、至る所では所謂アナログが消えつつあると言う現実は本当にこれで良いのか人類・・・と思ったりするのです・・・めまいと言えば小椋佳・・・いやふと浮かんだめまい絡みの話なら・・・下町のフォークシンガーなぎら健壱の「葛飾でバッタを見た」では、貧乏でホン○のカブしか乗った事のない主人公が車を買った友達にレストランに誘われて嫉妬でめまいを起こすと言うくだりが何とも可笑しい・・・下町の人情話は落語に多い・・・落語といえば落語会の異端児、立川流家元、かの立川談志だ、弟子を数人自宅に住まわせていた頃のある日、二つ目の昇進を弟弟子に先を越されて、やはり嫉妬に狂ってめまいでクラクラしているその兄弟子に、嫉妬とは自分に自信のない証拠、相手を自分のレベルまで下げようとする愚かな行為、現実が正解なのだと言った・・・その原因を冷静に判断し自分の道を決めて動くことこそ抜け道であると説いた・・・・嫉妬心や孤独感は人の心も命さえも殺す事がある、なんにつけ過ぎたるは及ばざるが如し・・・小さい人間とは何なのか考えさせられるタイミングでもある・・・泰然自若と行きたいと思いながらきっと無理だろうなと・・・いや諦めてはいけない所だ、男というもの・・昭和という生き物・・・しかしそうこうしているうちに半世紀を何とか過ぎた昭和のうさぎ達は俊敏さを欠いたベテランになって行く、つまり150Kmは放れなくなった技巧派投手にスライドして行きながら新たな山の風景を・・・そして願わくば謳歌出来るようにと願う・・・これまた昭和か・・・・いいんです・・・来年もよろしくお哀愁です・・・。                      どうぞ皆さんの2016年が素晴らしい一年でありますように。